昭和22年の世相
吉田茂首相は労働運動家達を不逞の輩という、かなり厳しい言葉で攻撃しましたが、日常生活におけるインフレの悪影響はますますひどくなっていくました。この頃に国民の大きな関心を呼んだ事件が、2・1ゼネストです。食べる物も身につける物も、生活上の必需品ですらも満足に得る事ができない状況下で、昭和21年11月に結成された、全官庁労組共同闘争委員会は、越年資金等をめぐり共同要求を行ないました。これに対して吉田内閣は真向から対決し、スト中の賃金カットを宣言し、元旦のラジオ放送における冒頭の発言となりました。両者の対決は深刻で、闘争委員会は国鉄の紀伊弥四郎委員長の下で、1月11日についに、2・1ゼネストを宣言し、一方政府は1月15日に拒否を通告しました。これらの労働運動への反動も激しく、産別会議議長は1月20日に右翼の暴漢に襲われ重傷を負いました。タバコのピースが4月に一箱30円だったものが11月には50円となり、2月に43円だった1級酒は8月には132円に値上がりしました。4月17日には職業安定所が発足したものの、金も仕事もない人がその日暮らしにあえいでおり、仕事を待つ人々もインフレに追いつく資金を獲得することは不可能でした。標準賃金ベースを1800円とする構想はその後7月5日に発表されましたが、これも諸物価の安定を作り出すために打ち出したものです。用意はよいか前進だ、という勇ましいキャッチフレーズが作られ、全官労260万人を含む400万人がストに向かって集結したと伝えられました。当時のGHQの責任者マーカット少将の中止命令をはねのけてスト実施に踏み切ったものの、最終的にはマッカーサーが中止命令を出し、共闘会議幹部がGHQに呼び出されてこれに従うことになりました。
お金と田舎暮らし
お金に余裕のできた定年退職後は畑を耕して野菜つくりをしてみたい、自然に囲まれた所でスローライフを楽しみたい。現役時代に都会へ一極集中した団塊世代が田舎暮らしを楽しむのがブームとなっているようです。その一方では便利な都会暮らしを捨てがたいと考える人も多いようです。そのような田舎派と田舎派が折り合うスタイルとして、お金に余裕がある人には複数地域居住という住まいがあります。従来の住まいに加えて、別荘やセカンドハウスを設けて複数の土地での生活を行なうことです。定年退職後に希望する住まいの在り方として高い人気があります。しかし、田舎やリゾート地に住まいを構えるとなると、土地購入を始め住まいの購入、中古物件があっても間取りの変更やリフォームにお金が必要となり、それに維持管理に労力やお金が掛かることも少なくはありません。家計を圧迫することにもなります。移動するのには車が必須で育児が必要な子供がいる場合には大変な労力となってしまいます。それに田舎特有の冠婚葬祭もあり、都会に長く暮らしている方には面倒に感じるかもしれません。しかし、田舎に行くようになってからは長年患って来た生活習慣病が改善された例もあります。田舎暮らしにはお金を含めて、よく計画を立ててから行ないましょう。
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